てしごと はじめのいっぽ!

日々の暮らしに手仕事を。

わたしの手仕事の師匠

私の子どもたちが通っていた幼稚園には、「手仕事の会」というものがあって、私はそこで手仕事を学びました。

美しいものに おどろくこと

本当のものを 守ること

気高いものを 敬うこと

善いことを 決意すること

という言葉で始まる「晩鐘の祈り」を、集まりの最後に唱えていました。

そこで手仕事を学び、秋に展覧会のようなオープンデイを開きます。それはそれは美しい展覧会です。

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美味しい料理を食べたとき、もしその料理人がレシピ公開していたら、本を買ったり、動画を探したり、料理教室に行きたいな~と検索してみたりします。かわいいな~と思う作品があって、作者が講座を開いていたら、教えを乞いに行ってみるかもしれない。

ピアノでもバイオリンでも、書道でも、絵でも、ヘアアレンジでもネイルでも、メイクでも……

すごいものを作ってる人から、本やYouTubeを経由するにせよ、そのやり方を習う……つまり、言ってみれば「弟子入りする」という方法は、メジャーな学びの道です。

じゃあ、私の師匠は誰かというと……編み物ならあの人ね、木工ならあの人ね、と、いろんな人が思い浮かびますが。

美しいもの。

それは、子どもの、透けるように細くて柔らかい髪の毛。小さなまあるい手。向こう側が見えないほど、ぷっくりしたほっぺ。足の甲が膨らんでいるところ。

子どもって、本当に美しい。

子どもだけじゃなくて、大人も、老人も、鉱物、植物、動物、海も空も、どれもこれも、飽きることがなく美しい。

そして、こんなだった子が、

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こんなふうになる。

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その変化が、時の流れが、信じられないほど美しい。これは一体、何の力によるのでしょう。

ただそこにいるだけでも、慈愛と叡智に満ちた「何かの力」によって、子どもたちも私たちも、あらゆるものが成長し、変化し続けている。

その、圧倒的に美しいものを作っている「何かの力」の源は、「自然」でした。私が弟子入りすべき師匠は、「自然」だったのです。

考えてみれば、これまでだって、ずっとそうでした。

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動物の姿、リズムから生まれる模様……そういえば、ずっと、「自然」が師匠だったのです。

○○さんが教えてくれた編みぐるみだの、△△さんに習ったローズウィンドウ、だのとは、思っていたけれど、本当の師匠は誰なのか……そんなこと意識したこともなかった。

息子の小学校最後の運動会が終わった昨日、たまたま小さいころの写真を目にして、ハッと、”美しいものに驚”きました。

9年間も在籍して、卒園してさらに3年経ってやっと、手仕事の会で大切にしていた「自然に学ぶ」という言葉の意味するところを、つかみかけたように思います。

「講師」なんて名乗ってはいるけれど、全然まだまだですね。